針穴に糸を通そうとしている最中に、誰かが扉を二回叩いた。居留守を使おうかと少し躊躇したあとで、でも何か宅配便だったらば不在届だけがポストに押し込まれ後々めんどうなことになりそうだと思い、針を置いて玄関へと向かった。この部屋に住んで以来、大事な大切な尊い来客が突然訪れるということは一度もなく、だから特別な装いは一切せずに部屋着姿のままぼんやりと扉を開けると、そこにはおおきなひとが立っていた。というよりは、立ちはだかっていた。恰幅がよく、まるで聳える壁のようだった。わたしはそのひとの、おそらく胸元と思われる部分と対峙していたが、それはやっぱりひとというよりは黒く塗りつぶされた壁に似ていて、そしてこんな風な完璧な黒いものと向き合ったのは生まれて初めてだと気がついた。ただ、この気配はずいぶん昔にも感じたことがある。あれはなんだったろう、行ったこともない国の童話に、同じような気配を持つ不気味な人間が描かれていた気がする。そういえばあれらの本たちはどこへ行ってしまったんだろうか。いや、今はそんなことよりもとにかくこのおおきなひとの顔を見なければと思い出したように顔をあげた途端、突然強い風が吹いて髪の毛が勢いよく踊り出し、そのせいで露わになった自分の額を咄嗟に手で覆った。気づけば顔を見上げるどころか俯向く姿勢になっている。わたしは自分の額をなぜか第二の性器だと思っている節があり、そのためこの部分を見られることは恥ずかしく屈辱的で、一瞬でもこの額を見られたかと思うとさらに体がぎゅっと縮こまってしまうのだった。もう顔を見るのは諦めよう。それに、今の風はこのひとの鼻息だったのかもしれない。もしそうだったら、きっとわたしが顔をあげようとするたびに、人間離れした驚異的鼻息を吹きかけられてしまう。それは愉快でおかしく、すこし馬鹿げていて夢がある。だが同時にわたしにとってそれは非常に困る。ただし冷静に考えるとこれはずいぶん妙な状況だった。そしていま起きていることは夢なのか現実なのかを確かめるべく部屋へと戻り、机に置いた針でじぶんの人差し指を刺してみた。ちくっと痛みを感じ、舐めるとしっかり血の味がした。指先でぷっくりと血が盛りあがっているのを見ると、どうやらこれは現実であるらしい。逃げるわけにはいかず、意を決して玄関へ戻ると、もうそこにおおきなひとはおらず、代わりに黒い羽根がひとつ、ひっそりと静かに落ちていた。それを掬いあげ、血のついた人差し指で羽根に触れると、羽根はわたしの血をすっかり吸い込んだ。一体わたしの血はどこに吸い込まれていったのだろうと、些細な痕跡を探すために目を凝らしたとき、再び強い風が吹いたと同時に羽根は一瞬のうちに飛ばされ、手元にはもう何も残っていなかった。あの風と同じだった。どうやらさっきの風は鼻息ではなくて、本当の風だったようだ。わたしはとりあえずその事実に安堵し、額を露わにしたまま完全に扉を閉めた。もう誰が来ても二度と扉を開けないようにしよう。これから針穴に糸を通さないといけないのだから。

 

仕事が終わってドトール。あと少ししたらスシローに安い寿司を食べに行く予定だ。正直いうと全然気乗りがしない。やはり疲れているからだろうか。ひさしぶりに友人に会うのだが、ひさしぶりというだけで億劫になる。もちろん嫌いというわけではなく、単に気持ちの問題である。   

 

きょうも仕事を無事に切り抜けた。午前中に打ち合わせがあり、その最中にピザを注文して皆で取り分けるなどをしていた。なんて平和な職場なのだろうか。ピザはたいして美味しいわけでもなかったが、美味しいと言いながらいただいた。

 

わたしを指名して企画を持ってきてくれた女性のそれが、ボツになった。この報告をするのが心苦しいのだが、実はボツになって安心している。売っていくのが難しいからだ。変な女性だったので、わたしは彼女自身に惹かれていた部分があったのだけれどもう会うことはないだろう。

 

それにしても体が重い。明日は土曜日、でもやることは沢山ある。どれも大したことのないものだが、その大したことないものをやらなければならない。選択、掃除、買い物、睡眠睡眠睡眠。

 

人に会いたくないなと思う。けれど友人の写真展示を見に行く予定、というものが存在している。ただ見るだけではなく、その友人にも伝えなければならないことがある。予定があるというのはほんとうに憂鬱で、出来る限り空白のスケジュールで身軽に生きていたいと思うのだけれども、一日を生き延びるごとに明日の予定というものがとりあえずうまれてゆく。毎日がなにかの連続だというのが苦しいために眠るのに、最近ではその眠りさえ浅くて、どこかでこの連続的な毎日を無理やりにでも堰き止めたい。決定的なことは起こさずに、ただ薄れるようにして。

 

来月のとある日にちをゴールとして、密かにカウントダウンを始めている。きょうが終わるごとにカレンダーの日付を赤いペンで潰し、残りの日数を数えたり数えなかったりする。どうしてこんなことをしているのだろうか、と時々おもう。その日を心待ちにしているから、というのが単純な理由ではあるけれど。

 

意外と時が過ぎるが早い。 その日にち、ゴールに近づくのを、わたしは心待ちにしてはいるけれど、そうでないのだろう相手は、と考えている。 その日が来てからは現実なのだ、相手は。 相手のことをおもうと、そんな日はないほうが良いのかもしれない。

 

何ヶ月後かに塗りつぶされたカレンダーを見てなにを思うのだろう。毎日毎日塗りつぶして、たどりつく先はどこなんだろうか。 こんなことを考えていたら、スシローに行かずとも腹がいっぱいになってきた。 そういえば昔いちばん憧れていたのは、デートで彼氏と寿司を食べに行くことだったということをいま思い出す。そして実現できたことは、たったの一度もないのだけれど。

 

 

このところ安眠できずに朝目覚めると体が重く、なかなか布団から抜け出すことができなかった。朝四時ごろに目が覚めて、そこから六時くらいまで眠れなくなってしまう。その間はなにをするわけでもなく目を瞑っているのだけれど、意識は嫌なくらいはっきりしている。時々目を開けると外がほのかに明るく、それに気がつくと同時に妙な焦燥感に駆られ、余計に眠れなくなるのだった。それでも毎朝八時半にはアラームの音で目覚めている。音が鳴らないと起きていないので、おそらく六時以降は知らない間に眠れているらしい。朝、アラームを消してはまた眠り、そんなことをうだうだと繰り返しているうちに時間が過ぎて、とうとう完全に起きなければならない時間が訪れ、頭も体も目覚めていないまま、それでも自動的に仕事に行く準備を始める。自然にではなく、自動的に。

きょうはそのサイクル四日目で、さすがに疲れがピークに達していたのか人と話すことだけで精一杯だった。だから一度仕事を抜けて家に帰り、少しだけ仮眠をとった。こんなことが出来る環境もなかなかないだろうが、というよりはそれなりにしっかりしている人間であればこんな選択はしないはずだが、わたしはしっかりしていない人間なのでまず睡眠を第一に考えてまったく悪びれることもないまま家で寝た。それからすこし元気を取り戻し、何食わぬ顔で職場に戻ったがそれでも疲れていた。今日はよく眠りたいと思っている。すでにこのブログを書く四時間前から布団のなかにいて、いつでも眠れる体勢を整えたはずだった。けれど本を読んだり、こうして真っ暗な部屋でスマートフォンの安い光を眺めたりしているために寝れていない。それどころか時間が経つにつれて耳鳴りがひどくなり、これは寝れないときのサインでもあって、また明日も身がもたないだろうと半ば諦めかけているところ。明日が金曜日だということだけが救いだ。とにかくいまは眠りたいと思っている。ただそれだけだ。さっき、アフリカにいる彼と、同じ本の同じ話を同じ時間に読んでいたことが判明した。800p近くあるカフカの本。面白いことが起きるものだ。昼と夜の間に読んでいたかったなと思う。

 

 

ワイズマンのずいぶん長い映画をみたあとで、昔付き合っていたひととすれ違った。 

ああこの人とまた会ってしまったという妙に冷静な気持ちで相手の顔を見ると、前よりも表情が穏やかになっている気がした。なるほど、案の定その後またもや彼を見かけてしまったときには、さっきはいなかったはずの女が隣にいたのだった。

そうかそうか、とおもいながら、特別心を動かされるわけでもなく、淡々と歩く。二度と会いたくない。

 

茶店へ行き、次の映画が上映されるまで時間を潰していた。

今となってはどうでも良い存在であるにもかかわらず、けれど胸の中にしこりのようなものを感じる。『若い女』というよくわからない映画を見ていると、その女は冒頭のシーンで扉を激しく叩きながら「開けてよ」とさけんでいた。結局扉は開かれず、彼女は扉に突進した際額にできた傷だけを残し、次のシーンでは病院にいた。 もしかすると自分もこうなっていたかもしれない、と思い出したくもない過去を思い出しながら胸のしこりは嫌なものになり、突然何もかもが馬鹿らしくなった。気がつけば映画は終わっていた。同時に日曜日も終わりかけで、あとすることは家路まで歩くことだけだった。ひどくゆっくり歩いて家につく。菊地成孔の夜電波を適当に流しながら、この町からも日本からも離れたいなあと漠然と考える。 けれど、考えるだけで動けない。 しようと思えばできるのだ。なぜならわたしの恋人はそういうことをひょいと簡単にしてしまえるひとで、いまはアフリカにいる。 いいなあ、と思う。彼というよりは、男がうらやましいなあと思っている。 いまこんなことを言うのはひどく時代遅れのような気がするし、ただの言い訳でしかないのは承知で。

 じぶんを知らない人間と、適度な距離感を保ちながら、瑞々しく、沈黙をしていたい。

眠っているときは解放されているから、気持ちが良い。 悪い夢を見たとて。 さいきん夢によく出てくる人物だったのだ、今日すれ違ったあの男は。 不快なのに解放されている。 早いところ眠ってしまおう。

 

それにしても男はよくわからない。 なぜあのひとはこちらを指差して笑ったのか、時間が経って思い出すと腹立だしい態度だ。 危ないことをしているひとだ。 わたしはなんの表情も浮かべず、ただ見た。 なにも動かされるものがなかったからだ。 笑っている意味がほんとうにわからなかった。 どうして笑われたのだろう? もう必要のない笑み、ほんとうによくわからないひと。 

 

このひとを見守っていたい、と思うひとがいる。ちゃんといる。たったひとりだ。

 

読了 桐野夏生『抱く女』

        小山田浩子『工場』

 

土曜日見た映画

ひかりの歌

日曜日みた映画

ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ

若い女

 

 

 

 

 

朝起きるだけで充分よくやった、歩いてどこかへ向かう意思が湧いただけでよくやった、何もできなくてもきょうを生きただけでよくやった、風にあたって気持ち良いと思えただけでよくやった、人と話して自分が笑い、相手が笑っていたら今日を生きた意味がある、つまりは毎日一生懸命、みんな一生懸命これ以上のことを当たり前にこなしながら生きているというのにどうして毎日毎日誰かが誰かを殺したり、憎み合ったり、いがみあったりしてしまうのだろう。どうして一生懸命いきているというのに困難で苦しいことがこんなにも多いのか、貧乏というだけで悩みが無数に増えるのはどうしてか、誰にも相談できずに死んでしまうひとがいるのをニュースになってからでしか気が付かない事態は異常だし、そもそも自分を殺める原因はなんなのか、それは見ず知らずの他人にはまったく関係のないことなのだろうか、同じ時代を同じ国で生きていて。

 

未来に希望を見出せない、子どもを産みたいと思えない、いよいよ事態は深刻だけれど、なにせ一生懸命生きるからには笑っていなければならない。人生は苦しくて悲しいことが多い、一時的なものではなくなってきた。それは毎日毎日押し寄せてくる。波にもまれて死なない限り、この国に希望めいた新しい風が入ってこない限り続く。それを知りながらでも、なるべく笑っていることだ。笑っていながら苦しくてもだ。

 

言葉ひとつが人を殺めるのに、SNSには人を殺す言葉が溢れていて怖い。そんなものはなくなってしまえばいい。言葉は人を殺すし生かすのに、もっと慎重にならなければいけないのに。

 

とてつもなく苦しいが、あしたの朝やさしい光が部屋に入ってきたら幸せだと思う。

 

インスタグラムやツイッターフェースブックなどに一応手を出しているものの、それらのフォロワー数が増えるたびにアカウントを消したり鍵をかけたりし、ツイートを消し、写真を消したりを繰り返し、一から一定の状態で保てていたものがひとつもない。だから、過去の記録があまりない。けれど匿名で誰も知人のいないところでは素直に発することができ、発言も遡ることができる。けれども、ついさいきんそのアカウントも消した。おおよそ8年間くらいあったと思う。

 

友人のツイッターを遡ると、数年前のツイートにわたしにかんする写真や呟きが多くて、懐かしさをおぼえた。わたしはというと、そしてその時のことをよく覚えていないのだった。

当時わたしも自分のツイッターやインスタグラムにいろいろ載せていたと思うが、案の定それらは消えている。消したのだ。

 

とある時期のことをあまり思い出したくないとおもっていた。当時はつらいことばかりが心のうちを占めていて、毎日ほんとうに泣いていた。それでも友だちはいたし、それなりに楽しく過ごしていたのだ。今思うと。

記憶を辛いことばかりに塗り替えていたけれども、友人のそれらの写真や日々の記録を見ていたら、案外ふつうに楽しんでいる自分を見つけた気がした。そういう風に、周りからは見られていたのかもしれない。

 

けれどもやっぱり、内側と外側のバランスはめちゃめちゃだったのだ。笑っているじぶんの写真を見返すたびに、実は胸の内でいつも泣いていた自分の記憶もセットで蘇ってくる。友人はわたしの精神状態もよくわかっていて、一緒に泣いてくれたときもあったけれど。

 

わたしはいろんな人と意図的に、時間をかけて、ゆっくりと、距離を置いてきたように思う。今では会う人はほんの一握りで限られていて、頻繁に会う人などひとりも思い当たらない。それでも、いくらか、前よりは生きやすくなったのだった。

 

ほわほわしている、とか悩みがない、とかいうことをよく言われていた。そういう印象を与えていたので、そう見せていくしかなかった。

けれどそれが自分のバランスを壊していて、外に見せる顔と鬱々とした本当の姿にあまりにも差があって、そこで歪みができてしまった。

今はもう、そういうことはなくなった。素でそのどちらもが組み合わさっている。

 

けれども、もしかしたら、自分をまもるために近くにいた友だち、多分友だちと呼んでいた人たちのことを少しだけ傷つけてしまっていたのかもしれない。思い出というものを、あえて捨てていたし、大事にしていなかったから。

 

求められても返せるものがなんにもなくて、今となっては呼ばれたら答える、くらいのことしかできなくなっている。じぶんから誰かを求めることをしなくなった。

友だちとはどういうことなんだろう。距離が縮まるとはどういうことだったんだろう。

 

わたしの手元には、もらったはずの写真や手紙があるはずなのに、残っていない。

言うなれば見れないし、見たことがない。

彼女らが書いてくれた手紙をみると苦しくなるからだ。ほんとうはそうじゃないのに、と思ってしまったから。

 

何かすこしだけ、ぼんやりしてしまったもののことを愛おしく思う反面、それでも思い出せないことが多い事実に自分の冷たさを感じる。

 

 

 

 

 

1と2。

月に一度にやってくるやつに悩まされている。

 

何がなんでも、理由があってもなくても、ただただ落ち込む期間。

実際のところ、これがなければ毎日健全なのかというと全くそうでもない。

ただ単に都合の良い言い訳に使っているのかもしれない気がしてきた。

非常に落ち込んでいたとて、あれの前だから、しょうがない。って言えてしまう。

 

1、

この周期に、Iくんが来月経つ日にちを知ってしまう。具体的な数字を出されると、突然何もかもが現実味を帯びてくるので、びっくりなことに数字を見ていたらじわあっと涙が出てきてしまった。たかが一ヶ月ちょっとの旅行だというのに、それに毎日頻繁にあっているわけでもないのに、なんでだか途端に寂しく、というより虚無感のようなものに襲われて、きのうは長いこと天井を見つめていた。で、気付いたら涙が乾いていたので眠ると、火事の夢を見た。水じゃ、水じゃ。

財布にわたしの写真を入れていく、というが、それじゃあまるで戦場に赴くひとのようだし、わたしも未亡人になったような気持ちになる。それですこしわらけてきたけれど、離れるというのは、たとえ戻ってくるのがわかっていたとて、なんだかもう戻ってこないような気がしてしまう。遠いから、離れているから、たとえば倒れたときや何かあったときにすぐに報せは入らないし、助けにいけない。離れる、遠くに行く、ということを、遠くで、無意識に、死に結びつけてしまう。ありとあらゆる想像をしてしまう。実際にそういうことが起きているからこそ。それで、どうしてこんなに涙が出ているのだか、理由はいろいろとありそうだったけれど、ともかく、遠くに行かれるというのはわたしは苦手だということがわかった。そして、だいぶこの人を好きなのだなあということを改めて知ったのだった。

こちらの気持ちを知ってかしらずか、なんだか朗らかな様子のIくんだが、生きて帰ってきてくれれば良い、と思っている。本当にまるでこれじゃあ兵士だ。いやになっちゃうなあ。

 

2、

 

生まれて初めての虫歯の治療。きもちの悪いことに、憂鬱な気持ちはたしかにあったのだけど、麻酔の注射はどれくらい痛いんだろう、どんな風な痛みがやってくるのだろう、と恐怖の想像ではなく、若干の期待めいたものを抱いていた。わたしは痛みに強いほうなので、結構痛いですよと言われてもそこまで痛いと思ったことがない。自分で想像する痛みがはるかに上回っていたり、それ以上の痛みを知っている(たとえば深夜突然来る腹痛、この世の終わりかとひとりでのたうちまわる)から、意外とそんなものかと思えるのだった。それで、口を開けて麻酔の注射を打たれて、奥のほうがツンと痛み、その後しばらくして皆がよく言う「ウィーンという嫌な音」が始まった。歯を削っている音。

脳に直に伝わってくるこの音は、確かにいやな音ではあったけれど、耐えられないものでもなかった。そして痛みも全くなかった。男性の先生と、その見習いと思われる女性が私のあんぐりと開いた腔内を眺めて、指を突っ込んだり、歯を削ったり、ぐいぐい押してみたりしていた。「ほら、ここがこうなっているでしょう。だからこうやってライトを当てて・・・」と先生の声が時折聞こえる。どうやら施術を行いながら指導しているようだった。続いて、「はい」と助手の声。助手と言っても、この子は本当に若い、化粧をバッチリ施した女の子だった。「そこに立ってると見えないからどいて」などという声も聞こえる。まるで実験台になっている気分で、それは、あんまりいい気がしなかった。ウィーンの音が遠のくたびに、もう終わりかなあと考えていると、間をおいて再び同じ音。その音が聞こえるたびに、何かを言われなくとも自然に口を開いていた。ずいぶん従順な患者だったと思う。ようやく終わって、椅子を起こされる。

わたしは腔内が血まみれになっていると思い込んでいた。だから、水で口をゆすぐと血がたくさん出ているのかと思っていたら、色も何も付いていない水が、唾液を含んでトロトロになった状態で出てきただけだった。

 

今は、麻酔が若干切れているせいか歯が痛み始めている。これはまだ序の口で、実はこの先に親知らずを抜くというミッションがあるのだ。

普通のそれとは違い、わたしのはもっと痛みがあり、普通の歯医者さんではできないのでわざわざ大学病院に行かなければいけない。とんでもない生え方をしていること、親知らずがあまりにも大きいこと、虫歯になりかけていること、最悪な3拍子が揃っていた。

そもそも、親知らずという存在を知ったのが去年で、抜くことを知ったのも去年だった。あまりに遅すぎたのだ。この親知らずに関しては、痛みを覚悟したほうがよさそうで、本当の憂鬱でしかない。なんなら、歯医者に着くまでの道のりでぽろぽろ泣いてしまいそうだ。「通常の親知らずを抜くのは痛いという話をよく聞くと思いますが、おそらくその倍の痛みはあると思います」と、先生が穏やかにいう。わざわざ言うということは、覚悟を持てということでしかないと解釈し、それなりの覚悟を持って来月あたりに引っこ抜いてこようと思っている。本当は怖いから、Iくんについてきてほしかったのだが、この歳になって歯医者すらひとりで行けないとは情けない話で、それに彼は日本にいないのだから、ひとりで臨むしかない。一週間以上腫れるという。ものすごく。

そんな顔で、どんな顔で、げんきで過ごすというのだ。