クチナシの花びら

 

この間、クチナシの花びらが部屋の机の上にポツリと置いてあった。家に帰るとその花がとても良い香りを放っていた。新宿のクチナシ、吉祥寺のクチナシ、いたるところに咲いているクチナシを見つけては、その花びらをポケットに入れ本棚に並べている人がいる。どうやらその人が置き手紙ではなく置き花びらをしてくれたようだった。この人は道を歩いている時、クチナシがあるとすぐに寄って行き、まず匂いを嗅いで大事そうに1枚だけ花びらを頂戴する。そうしてそれをポケットに入れて持ち帰り、家の本棚にそれを並べる。だから縮んだ花びらや、取れたての花びらがあり、それは随時更新されてゆく。私は未だにクチナシの花を判別することができないけど、その匂いが漂ってくると、これか!と近寄り花びらを一枚頂戴するようになった。そして同じくカバンやポケットに忍び込ませる。いい匂いがする。こういうことは立ち止まらないと出来ないことだ。どこに行けばいいかわからなくても、まあなんとかなる気がしてしまう。ひどく生きにくい人がこういうところに救いを求めるのは尊い。剥き出しの心で歩いていると傷がついてついてボロボロになって仕方がないが、その姿がその人らしくもあり、そのままでいいんじゃないのかなと思う。無責任にこんなことは言ったらいけないんだろうけど。