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この部屋を更新しなければならないけれどお金がなく、お金がないのにこの部屋にはとどまりたい。こんなに家賃が安いのにもかかわらず更新がつらい。

壁に黒いシミがついていて、これはおそらく紙が燃えた時の灰がそのまま壁についてしまったものなのだけれど、黒い感情が渦巻いた時、形として本当に残ってしまったものだ。そのシミの隣にはイタリアで買った「ヴィーナスの誕生」ポストカードが貼られている。変なの。どんな風にこのシミがついてしまったのかはわからないけれども、そういうことがあったことはちゃんと知っておかなければならない。受け入れられなかったぶん、あとからいろんなことを想像してみる。想像しても優しくはなれないけど、正直になると、苦しいと、壁や物がボコボコになったり汚れたりめちゃくちゃになったりしてきて、そして時が経ったらだんだんとそれが愛おしく思えてくるものなのかもしれない。どうしようもならない感情はどうしようもならないけど、どうしようもなさがものすごく人間らしくて良いなと思う。

 

初めて私の部屋に訪れた女性と話をして、話をしながら自分が思っている本当のことが口から出てきて驚いた。それは恥ずかしいことだからあまり人には言えなかったのだけれど、でも言葉にして初めて、はっきりと自分に納得がいった。言葉にすると、だんだん整理ができるものらしい。

そうしてその女性も私に自身の秘密を打ち明けてくれた。梨を食べている時、不意に突然に。でもわたしは最初に会った時からなんとなく、その秘密とやらを知っていたのでそんなに驚かなかった。人が隠していたい事はたくさんあるだろうけれど、たとえばコンプレックスとか。私は、そういうのを聞くと、よりその人の魅力が増して見える。だから魅力が増したことを伝えた。

その女性はさっきまで自分の家で、ポロポロと泣いていたらしい。ふたりで。ずるい考えが一瞬でも頭に浮かんでしまったことや自分で抑えられない感情が溢れ出してしまうこと、いつでも逃げることを考えてしまうこと、そういうことを多分話し、でもすこしずつそれが良くなっていくために、30年後のじぶんたちに向けて、ふたりで気持ちの方向を決めていったようだ。

30年後って、でもずいぶん遠いから、気張らなくていいな。じぶんたちの未来を一緒に話しながら、ポロポロ泣いたり怒ったりする時間はとても素敵だ。ふたりで部屋で話をするということだけでも、ものすごく良い時間。

 

梨と巨峰を買っておいてよかった。誰かと部屋で果物を食べることはとても嬉しい。この狭い狭い部屋に時々人が来るけれど、訪れる人たちは、今のところみんなやさしい。何もないから何もしないでただ座ったり寝そべったりすることしかできないけど。でもいつでも来てほしいのと、好きなだけひとりっきりになれる場所は必要だから、やっぱり更新することにしよう。もうすぐ何者でもなくなるけれど、何者でなくったってとりあえずのところ生きていける気がする。みんな本当にすごい。私はいくつになってもきっとこんな感じだろうけど、もういいかなそれでも、と開き直りつつある。何歳になってもきっと全然立派になれないが、しょうもない人間を一生懸命頑張るしかない。

それにしても巨峰と梨って最高の組み合わせだな。贅沢をしてしまった。